頭と身体、私と自然。分断の先にある再統合への旅路の始まり 〜Journey of Regenerationの記憶<前編>〜


旅立ちからあっという間に二ヶ月が経ち、折り返し地点に達した再生の旅、Journey of Regeneration。

このオンラインプログラムは生命の摂理に根ざした個人やビジネスのあり方を探索すべく、旅の仲間と共に「リジェネレーション」というテーマと多角的に向き合う場として生まれた。

各領域の先駆者・実践者と共に知恵を深めていく「ラーニングセッション」と、一人ひとりの内なる感覚=感じる力を呼び起こし、気付きや学びを対話型で深めていく「センシングセッション」のあいだをリズミカルに行き来する過程で、7つの大きなテーマと向き合うこのプログラム。お盆までの前半で「リジェネラティブ・リーダーシップ」、「自然のリズムと内臓感覚」、「身体感覚をひらく」という3つの世界に潜り込んだ。

この「旅の記憶(前編)」では、旅に参加している一人の旅人として、数週間の歩みのなかで湧き上がってきた気づきや学び、暮らしの中で起こっている変化などを、全国そして国境をも越えて集った70人以上の旅の仲間の声と共に紡いでみたい。


ラーニングとセンシングの螺旋構造を通じて7つのテーマと向き合うJoR


個人のあり方や身体感覚と向き合った前半の3テーマ


「あなたの中の何があなたをこの旅へといざなっているのでしょうか」


その言葉で始まった最初のセッション「リジェネラティブ・リーダーシップ」。英書『Regenerative Leadership: The DNA of life-affirming 21st century organizations』を土台に、生命の叡智に学ぶ次世代型のリーダーシップモデルについて、ガイドの小林さんが共有する。その根幹には、本当の意味で持続可能かつ再生的な社会そして地球環境は、その変容を伴奏するリーダー(経営者ではなく、実践者という意味)自身が内なる生命と調和していく必要があるというメッセージがあるような気がした。またブレイクアウトダイアログも含め、セッションの随所に静けさ(沈黙の時間)を設けているのがとても印象的だった。(また旅立ちのこのセッションについては、プログラムのメディアパートナーでもあるウェブマガジンIDEAS FOR GOODさんの記事を読むとよくわかると思う)。


Graphic Recording by ヤマダマナミ


数日後は最初のセンシング・セッションだった。オンラインで仲間とつながったまま、近所の自然の中に入っていく。なんとなく落ち着く場所で腰を下ろし、もう一人の旅のガイド山田さんの案内に耳を傾ける。ふだん一点集中になりがちな視界・視野だが、個々のモノの輪郭を見ようとするのではなく、周りに「ぼや〜っと」分散した意識を向けることで、集合や全体に対して自身の五感をひらいていくというワークだった。視覚一つをとっても、ふだんいかに自ら境界線をつくっていたか気づき、ハッとした。


二週間後には二つ目のテーマ「自然のリズムと内臓感覚」に移っていく。ナビゲーターはご自身の農園で百姓としての営みをされている齊藤さん。大地や季節の叡智に深く根を下ろした視座から土や発酵、呼吸・光合成、農業のリズムなどと向き合う話に聴き入ってしまった。中でも、自分の内臓感覚を地球や自然のリズムと同調させる、そしてそこから湧き上がってくる直観的な全体性の把握についての話は、自分の身体のことにも関わらず目から鱗だった。


Graphic Recording by ヤマダマナミ


三つ目のテーマは「身体感覚をひらく」。もともと宇宙物理学を専門とされていたボディワーカー小笠原さんは、人間の身体構造と宇宙の造形が互いにもつ不思議なつながりに触れつつ、「サバイバルモード」と「つながりのモード」という二つのモードを挙げた(前者については後ほど触れる)。つながりのモードに切り替えるためには自分にとっての「リソース」に気づくということ、人間には他人と接する時間とひとりでいる時間のバランスが必要であることなど、自分や世界とのつながりを神経生理学的な観点から考えることができ、とても興味深かった。


Graphic Recording by ヤマダマナミ


感覚を大事にしていいんだよって言ってもらえたのは初めて


ここまで身体というものを捉え直す時間が多かったため、多くの参加者の中で身体や感覚に対する意識の変化が生まれていたよう。


「身体が感じていることをより繊細に聞き取れるようになりました」
「体のこえを聴くことを大事にしています。自分の頭に頼りすぎない、起きていることに委ねるをOKにしています」
「体幹を意識するようになった。忙しさに飲まれそうになる時ほど、瞑想や体への意識を高めるようになった」
「今まで以上に身体の感覚を研ぎ澄まして聴く習慣を1日の中でも取ることをより慈しむようになりました」

第一回のラーニング・セッション中には「感覚を大事にしていいんだよって言ってもらえたのが初めてで、すごく心強いです」というコメントも入っていた。明らかに身体感覚への意識が強まっている。

これは思考やロジックが支配的になった今の社会環境に身をおく私たちの内なる声を体現しているようでもある。きっと誰もが子どもの頃は自然と、そして無意識的に受け容れていた感覚が、組織的・社会的過程を経て少しずつ周縁化されていき、いつしか「あたま」と「からだ」が切り離されてきた。それが今回、旅路の前半で向き合ったテーマを通じ、少しずつ解きほぐれてきているようだ。

仏教用語でも「心身一如」という言葉があるが、もしかしたらそれは自分のなかの境界線に意識的になることから始まるのかもしれない。

またこのような身体性への意識の回復は、同時に自然や外的な世界との深いつながりを再認識する機会にもなっているようだ。


自分の内なる声と向き合う方法には、瞑想やボディワーク以外にジャーナリングなどもある。写真は、旅立ちにあたって贈られたトラベラーズノートを使用されている旅の仲間より。

自然のリズムとの同調、大きなつながりの認識、システミックな視点の芽生え

ナビゲーター小笠原さんのお話の中で、急速に移り変わる環境や組織での成果を気にするあまり、生存戦略として神経が興奮・緊張したまま凍りつき、ロジック以外のパワーや感性を封じてしまう「サバイバルモード」に陥る危険についてふれた。これに関してとある参加者は、旅の開始当初は普段のサバイバルモードから抜け出せず、セッション中に流れるゆったりとしたリズムに適応できなかったと語ってくれた。そこでヒントになったのが、絶えず変わり続ける身体の状態に耳を傾けつつ、同時に周りの環境や自然に意識を向けていくという変化だったそうだ。

「自然のリズムとのつながりを感じる時間が増えました。人間のペースだけで生きるのではなく、自然のペースにも、ゆっくりと歩調を合わせていくイメージです」
「自然や人とのつながることで得られる安心感、一体感。自分が「生き物」であることを強烈に実感しています」
「人間は自然の一部だということを改めて認識した」
「自身や自然とじっくりと向き合うことで様々なことを感じられることを改めて感じた。この感覚を得るためにはまず時間を取ること、感じようと自身を開くことが大事だと感じた。 この感覚を得ている時やその後に、自身が普段感じている以上に世界との繋がりが深いことに愕然とする」

身近な自然の中で散歩する。その様子を参加者の方が撮ってくれた。

元来、人間と自然は切っても切り離せない存在だ。今日さまざまな文脈で「環境保全」や「自然保護」といった表現が使われたりもするが、環境や自然というのは人間社会とは別のどこか遠い空間にあるのではなく、一杯の水を飲むときも、エアコンのスイッチを入れるときも深く人間活動と連関している。その大きな自然の流れ・リズム(アウターネイチャー)との一体感を認知するには、まずは自分の中にすでに存在する自然(インナーネイチャー)にアクセスすることから始まるという気づきが深淵より湧き上がってきている。これはEcological Memesで大切にしている「三つのエコロジー」の根幹をなす視座であり、生きる姿勢でもある。

また、この深いつながりの感覚が組織づくりや働き方を再考する上でも大切になるということに気づき、コメントを残してくださった参加者がいた。

「等身大の自分、またそれを取り巻くもの(生活環境や所属する組織)をシステムとして捉える視点が生まれたように思う。 併せて、その一部をより良くするためにはシステム全体を育くんでいくことが必要であり、それ相応の時間がかかって然るべきことだというのに気がついてきた」

いくつもの生命が相互依存しながら根づき、朽ちていく。その流れとの深いつながりを体感したという参加者の方による一枚。

自身や社会の中で生じる分断に敏感になっていく

さまざまな存在のつながりに気づくということは、同時にそれらを切り離す「分断」に気づくということでもある。

「分断に敏感になった」
「今まで感じて来なかった寂しさや痛みが出てきました」

何かと何かを切り離すものは多様な様相をして、時には目に見えないかたちで私たちの生活の細部に潜んでいる。自分の知覚の仕方に潜んでいるときもあれば、家庭や組織、あるいは社会システムという大きな枠の中で構造的に再生産されているものもある。そこには必ずズレが生じ、不調和が起きる。それがどんなに些細なことでも、自分が真の意味で「自分らしく」あることを妨げるならば、それはディジェネラティブだし、アンサステイナブルだろう。

その通底して流れる不協和音に対して敏感でありつづけるということはとても大切なことのはず。無意識のうちに閑却したり、他の快楽でもって蓋をしてしまったりすると、そこにあるはずのつながりを取り戻し、再統合していくのが難しくなる。ネガティヴ・ケイパビリティという言葉にあるように、違和感や複雑・不思議なことに対して、簡素化することなく、反応し、受け入れ、自分の中に深く取り込むことが求められていて、そのことにこの旅路の道中深く気づかされた。


「読む本のジャンルが前はビジネス系ばかりだったのが、だいぶ変わりました」と語る参加者も。目の前の関心ごとも大事だが、広い視野を育んでいくことは深いところであいだを回復していくきっかけになるはず。

何かを付け加えるのではなく、はがしていく旅路

ここまで二ヶ月ほどプログラムに参加してきたが、Journey of Regenerationはバックパックを背負い、新たな地を目指す旅ではない。日常生活の真っ只中に流れる数ヶ月のオンライン旅だ。そもそも旅というものがどんなものなのか考えを巡らす中、小説家マルセル・プルーストの言葉を思い出した。

「真の発見の旅とは、新たな景色を求めることではなく、新たな目で世界を見ることだ」

これを思い出したとき、ふと腑に落ちる感覚を覚えた。外側に広がる世界を味わい、慈しむためには、まずは内側にある世界と向き合うこと。ラーニングとセンシングの螺旋構造の根っこにはアンラーニング(unlearning)、「はがしていく」ことがあり、その先につながりを取り戻していく「再統合」の実践・応用の道が広がっているということ。

「ものすごい衝撃でドキドキしています。新しい視点から自分を捉えることができて、本当に救われたの一言です」
「自分のすぐそばにいる人や近所の自然に対して、充足の気持ちが芽生えるようになった。身近にある大切なものを大切にするだけで十分なのかなと」

70人いれば70通りのジャーニーがあり、それは14週間で終わらせることはできるが、自分の姿勢やあり方次第では、ずっと終わらないものでもあるだろう。

再生の旅はまだつづく。


おまけ(散歩中に聞こえてきたひぐらしの声)


Journey of Regeneration ひとりの旅人

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