いのちを呼びさますビエンナーレ —全体性を取り戻す“場” みちのおくの芸術祭が開幕




コロナウイルスの影響を受け、芸術祭など多くのイベントが中止・延期の判断を余儀なくされる中、オンラインでの開催を決めた山形ビエンナーレ2020。東北芸術工科大学の主催による同祭は、震災以後の「みちのくへの入り口」を開くことを目的に、2014年からはじまり今年で4回目を迎える。今年は「山のかたち、いのちの形」と題し、現役医師である稲葉俊郎さんを新たに芸術監督として迎え、「全体性を取り戻す芸術祭」をテーマに七つのプログラムを展開する。


今なおコロナウイルスへの対応に余談を許さない状況の中、医療従事者として最前線に立ちながら、いのちと向き合い続けている稲葉さんが同祭に込めた思いとは何か。「全体性を取り戻す芸術祭」をテーマに展開される同祭の見どころについてお話を伺った。



山形ビエンナーレ2020 芸術監督 稲葉俊郎さん(医師/軽井沢病院総合診療科医長)



(ゲスト:稲葉俊郎 聞き手:小林泰紘、日比野紗希)



いのちの全体性ってなんだろう?


——まずは、今年の山形ビエンナーレのテーマ「全体性を取り戻す」の背景について教えてください。


稲葉俊郎(以下、稲葉):「全体性を取り戻す」をテーマとした背景には、今の社会に欠けていると感じる”いのちの全体性を取り戻す場”の必要性を問うという意味が込められています。いのちの全体性とは、人は生まれて、生きて、死ぬという流れの中に存在し、いのちの全体性の中に今という瞬間があります


コロナによって社会が大きな変化を迎えている今、僕らはどうやっていのちの全体性を取り戻したら良いか、どうやって生きることを自由に追求することができるか、それを芸術祭という場で実現できるのではないかと考えました。



——「いのちの全体性」について感じ始めたきっかけとは?


稲葉:遡ると、幼少期に言語を習得していたときでしょうか。言葉を覚えることで、その物事についてわかった気になる感覚に、強烈な違和感を感じていたんですよね。言葉によって物事を概念から把握して、言葉にならない何かが抜け落ちてしまっている感覚に危機感を抱いていました。


自分の子供を見ていても感じるのですが、子供って全体を全体のまま把握しているんですよね。同時に、私たちは言葉を覚えることで何かを失ってきたのではないかとも感じるのです。


全体的なものを全体のまま把握するという見方は、本来の医療のあり方でもあります。東洋医学では、「身体はこういう反応をしているけれど、これは身体全体からみたらどういう作用がある動きなのだろうか」と常に身体全体のバランスから症状をみているのですが、西洋医学的な発想では、より局所的に症状を見るため、全体性はあまり重視されていません。


人間の身体は自然そのもの。自然と向き合っている農家や漁師など、第一次産業に関わる人たちは、常に他の生命の営みに気を配りながら全体的な見方をしていると思います。医者も彼らと変わらない。人間を自然と同様に全体性から捉えることが、本来の医療であり、そういう自分の直観や感覚に、素直に従いたいと思っています。




僕らはいのちを生きることを、もっと自由に追求していい


——私たちは、生まれて、生きて、死ぬという全体性の中にあることを忘れてしまいやすいともいえますね。


稲葉:そうですね。重要なポイントは、自分の中にある内なる生命の世界は、僕らが生きている社会やコミュニティなどの外なる世界とは、全く異なる原理を持って動いてる世界だと理解することです。


自分の内にある生命世界は、まさに生命そのものの営みの世界をいい、外なる世界というのは、人間によってつくられた人工世界で、国や法律をつくって統治している世界を指します。内なる生命世界と外なる人工世界という全く異なる原理の中を僕らは生きていて、それらを大きく包み込むように自然世界が広がっているわけです。異なる原理を持った世界で、僕らは呼吸するように、行ったり来たりを繰り返しながら生きています。


しかし、内なる生命のリズムは非常に忘れやすいものです。情報や刺激に覆われていくうちに私たちは、人工世界が全ての”世界”だと錯覚してしまいやすい。芸術やアートには、覆われてしまった価値観に変化球を与えたり、変わらない人工世界を揺らがせる働きがあります。


芸術は、諸行無常で変化する自然のリズムと普遍的な人工的世界のリズムを調整するための装置であり、知恵のようなものともいえるでしょう。



——芸術は、人が生命としてよりよく生きていくことに気づかせる装置だと。


稲葉:そうかもしれないですね。全体性について考えたとき、役職や肩書きは全体性を失いやすくさせるものの一つともいえます。例えば、「あなたは医者ですよ」とか、「あなたは主婦ですよ」と言った途端に、そのラベルでしかその人を見れなくなってしまう。ラベルから溢れ出るもの、そこからはみ出るものが人間にはいっぱいあります。


人間にとって、生きるプロセスそのものが作品だと、僕は思います。どういう生き方をしたかというのは、その人の表現であり、人生という全体性から見ればその人の作品だといえます。


自分の内的生命の声にしたがって生きている人は、ある切り口からみればアーティストであり、ミュージシャンともいえるでしょう。そういう人は、ラベルによってジャンルわけをしにくい生き方をしています。例えば、岡本太郎や横尾忠則などは、その人としか言いようがないジャンルを持っています。


今回のビエンナーレでは、そういう人たちを参加アーティストとして選びました。鑑賞者それぞれが持つ内的生命の声が引き出され、生きることを自由に表現し追求できる場にしたいですね




あわいとつながる芸術祭の挑戦


——医療と芸術の視点がクロスする芸術祭は、非常に異色とも感じます。

稲葉:「芸術」「祭り」という場は、自由に自分を生きるという表現を追求する場として重要な役割を果たしていると思います。こういった場を、今の医療システムの中で作ろうとしてもなかなか難しいのが現状です。


今の医療システムは、前提として、誰かが誰かを「治す」というモデルで成り立っています。今後は、それだけでなく自然に「治る」モデルがより重要になっていくと思います。人はそういう自然治癒的な場を本能的に求めています。例えば、おしゃれなカフェでコーヒーを飲むとホッとする、温泉に行くとリラックスする、好きなアーティストの音楽を聴くと癒されるといったことも、本能的に治るという状況が起こりやすい場を無意識的に求めている現れだと思うのです。誰かが治してくれたというよりも、その状況のおかげで治ったという視点が大切です


医療と芸術という異なる領域でもありますが、共通する項目もたくさんあります。先にも述べたように芸術祭という場は、自由に自分を生きるという表現を追求する重要な場ですが、そこに全体性としてのいのちという観点が加わることで、ものすごい強度を持つ場が生まれると僕は思います。



——コロナ危機もあって芸術領域でもオンラインにシフトする動きがみられています。オンラインになることで削ぎ落とされてしまう芸術の強みもあると思いますが、オンライン芸術祭としてどのような挑戦をしていますか?


稲葉:歴史をみれば、ペストも終息までに10年の月日を要しています。今回のコロナも今後、長く続いていく可能性がある。そのとき、僕らが生きる希望を挫かれないためにも、互いに深く共有しあう場というものが絶対必要になってきます。生きるという表現を自由に追求できる場をリアルな場はもちろん、オンラインの場にもつくるチャレンジをする機会が訪れたのではないかと感じました。


オンラインは、無意識的なレベルで深く繋がれる場だと思います。リアルな場には行きたくない、または社会に絶望している人たちにとっては、オンラインという場によってしか出会えない人たちと出会える足掛かりになるかもしれません。オンラインは、深い無意識のあはいをつなぐ新しい社会の入り口です。リアルな場とオンラインという二つの世界を、ギアチェンジするように軽やかにシフトすることを芸術祭の中でチャレンジしたいと思っています。


オンラインというとインターネットを想像しがちですが、今回は、インターネットに加え、テレビやラジオ、文字情報とつなげるなど既存のメディアを包括的にクロスした展開を予定しています。情報の受け取り先が、世代によって変わってきたことも、世代間の分断につながっています。この挑戦はある意味、メディアの全体性を取り戻す挑戦とも言えるかもしれません。


いのちを呼びさますビエンナーレ

——最後に、芸術祭の開催に向けて一言お願いします。

稲葉:「全体性を取り戻す芸術祭」をテーマにしたのは、僕らには全体性を取り戻す場が必要で、その場が社会の中にないことが問題だと感じたからです。私は医療者の一人として、そういう場をつくりたいと思い、日々、医療の現場に立ってきました。そして、全体性を取り戻す場を医療の場だけに限定せず、芸術の場にも開いていくよう努めています。


私たちには自由に生きることを追求できる場が必要です。性別、人種、宗教、障害の有無、病気の有無などということは全く関係なく、それぞれの与えられた条件の中で、生きることを自由に追求できる芸術祭になると嬉しい。作品を観た人がインスパイアを受けたり、勇気づけられたり、いのちが呼びさまされるビエンナーレを実現したいと思っています


このビエンナーレが、そういう何か感じさせる場になることを願っています。そして過去に生きた死者たちが、わたしたち生きるものにこの世界を手渡してくれた。その事実の重みに対しての、敬意や祈り、鎮魂や感謝の表明でもあるのです。





みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2020

山のかたち、いのちの形

- 全体性を取り戻す芸術祭 -


会期|2020年9月5日[土]– 27日[日]

   ※会期中の金・土・日・祝日にライブ配信あり

会場|山形ビエンナーレウェブサイト

   https://biennale.tuad.ac.jp

参加料|無料(一部有料)











sense of. TALK


エコロジーとアートのあわいを漂うトークシリーズ『sense of. TALK』は、Ecological Memesの音声メディアチャンネルでも配信しています。


医療と芸術の重なり合いを「いのちの全体性を取り戻す営み」と捉える稲葉さんの世界観や、 開催中の山形ビエンナーレ2020「山のかたち いのちの形」にかける想いをぜひ感じてみてください。





芸術といのち①|いのちの全体性を取り戻すってなんだろう?

芸術といのち②|社会危機における芸術の役割とは?

芸術といのち③ |あわいとつながるオンライン芸術祭の挑戦




【ゲスト】












稲葉俊郎(いなば としろう)

医師 / 医学博士


1979年熊本生まれ。2004年東京大学医学部医学科卒業、東京大学医学部付属病院循環器内科助教(2014-2020年)を経て、2020年4月より軽井沢病院総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授を兼任(山形ビエンナーレ2020 芸術監督 就任)。心臓を専門とし、在宅医療、山岳医療にも従事。西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。未来の医療と社会の創発のため、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。

〈書籍(単著)〉「いのちを呼びさますもの」アノニマ・スタジオ(2017年)、「ころころするからだ」春秋社(2018年)、「からだとこころの健康学」NHK出版(2019年)、「いのちは のちの いのちへ」アノニマ・スタジオ(2020年)

〈書籍(共著)〉大友良英×稲葉俊郎「見えないものに、耳をすます ―音楽と医療の対話」アノニマ・スタジオ(2017年) など。

webサイト:https://www.toshiroinaba.com/



【聞き手】













小林 泰紘(こばやし やすひろ)

Ecological Memes 発起人 / 株式会社BIOTOPE Creative Catalyst 


世界26ヶ国を旅した後、HUB Tokyoにて社会的事業を仕掛ける起業家支援に従事。その後、人間中心デザイン・ユーザ中心デザインを専門に、金融、人材、製造など幅広い業界での事業開発やデジタルマーケティング支援、顧客体験(UX)デザインを手掛けた。現在は共創型戦略デザインファームBIOTOPEにて、企業のミッション・ビジョンづくりやその実装、創造型組織へ変革などを支援。自律性・創造性を引き出した変革支援・事業創造・組織づくりを得意とし、個人の思いや生きる感覚を起点に、次の未来を生み出すための変革を仕掛けていくカタリスト/共創ファシリテーターとして活動。座右の銘は行雲流水。趣味が高じて通訳案内士や漢方・薬膳の資格を持つ。イントラプレナー会議主宰。エコロジーを起点に新たな時代の人間観やビジネスの在り方を探る領域横断型プロジェクト Ecological Memes発起人。


















日比野 紗希(ひびの さき)

ベルリン在住プロジェクト& PRマネージャー /ライター /コーディネーター /デザインリサーチャー


Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクト&PRマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、アート、デザイン、テクノロジーそしてソーシャルイノベーションなどの領域を横断しながら、国内外の様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域。アート&サイエンスを掛け合わせたカルチャープロジェクトや教育、都市デザインプロジェクトに関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。



編集|日比野 紗希(ひびの さき) (プロフィールは上記のとおり)


執筆|鈴木 望美(すずき のぞみ) Ecological Memes PR・企画 

多摩美術大学 空間デザイン修了。地方公務員を経て、産官学連携を軸に公共空間を活用したアートプロデュースなどを手掛ける文化財団に参画。メディア芸術祭との連携事業、若手作家交流会企画を担当。その後、領域を横断しプロジェクト単位で社会価値を共創するSHIBUYA QWSでPR・運営に携わる。現在は、Ecological Memesにて人の思いや生きる感覚を根っこにすえた心地良い生き方、暮らし方、社会のあり方を探究している。自然・アート・ローカル分野をこよなく愛する。



© Ecological Memes