地球の生態系に包摂された生命として人はどう生きるのか 〜自然と人の“あいだ”を取り戻す協生農法〜

「地球の生態系に包摂された生命として生きる」

こうした感覚は当たり前のようで、そのつながりを切り離してきた現代社会では失われてしまいやすい。気候変動や生物多様性などの危機が深刻化する中、わたしたちは自然の生態系とどのように関わっていくことができるのだろうか。

本記事では、2019年12月に開催された『Ecological Memes Forum ~あいだの回復~』で行われた体験型セッション「生態系を回復する技術〜シネコカルチャーを巡る対話~」の内容をレポートする。

ナビゲーターは一般社団法人シネコカルチャーの福田桂(ふくだけい)氏。

前半は、協生農法についての手引き講座。近代農業における三つの常識「耕す、肥料を使う、農薬を使う」を一切せず、植物のもつ本来の力を発揮させる協生農法とは何かについてお話をいただいた。

後半は、地球における生命誕生の歴史を紐解いた後、協生理論を学ぶためのシネコプランターを囲みながら人と生態系の”あいだ”にある複雑な関係性に向き合った。


福田氏と“シネコプランター”


セッションの始まりは、温かいハーブティーが一人一人の手元に置かれるところから。休耕田を蘇らせたい農業従事者の方や組織のエコシステムに関心のある経営者、クリーンエネルギーの推進者など多様なバックグラウンドの方々が集まった。

協生農法で栽培された茶葉を楽しみながら参加者の声に耳を傾けると、人や組織、社会におけるエコシステムを探索するここまでのセッションを受けて、アナロジーとして頻出した“エコシステム”の語源に立ち戻り、自然界に学びたいとの声が多かった。

一人ひとりの想いを受け取った後、福田氏は「この人は8ヶ月くらいの赤ちゃん」「彼はまだ生まれたばかり」と隣に置いてある植物プランターを愛情深く紹介し、紙芝居を手に取り協生農法について語り始めた。


セッションが開催された建長寺・得月楼


生態系の「あいだ」を回復する協生農法とは

草木が生い茂る山々から着想を得た協生農法は、近代農業における三つの常識「耕す、肥料を使う、農薬を使う」を一切せず、土、植物、昆虫、空気、水などの生態系が潜在的に有する自己組織化の力を総合的に活用する技術である。その方法論は、生物が海から陸に上陸し、動植物が協同して陸地の表土の仕組みを作り上げた地球の生命の歴史に基づいているのだという。

生態系が崩壊した土地に豊かな生態系を回復させる手法として現在も研究が進行中で、近代農業による環境破壊で砂漠化したアフリカのブルキナファソで導入され、食糧危機を回避する手法としても注目を浴びている。

始まりは、何もない土地から。一般社団法人シネコカルチャーHPによると、協生農法は周囲の自然界に開かれた土地があればどこでも実践できるそうだ。

土地を東西方向に畝らせ、数種類の果樹を植える。その果樹の陰に多様な苗を植え、その苗の陰にさらに多種多様な種を蒔く。いずれも多種類を混生させるのには、単一種の生存に依存しない複雑な生態系をつくる意図がある。ここに適切な水分量と一日約4時間の日光があれば、何もなかった更地が緑に覆われる土地に蘇るそうだ。(詳しくは実践マニュアル参照

近代農業では、単一種の生育条件に最適化させた土地で大量栽培する手法が一般的であるが、収穫後に農地は更地になり、そこに生物の姿はない。食糧を収穫する前後の土地は砂漠と化し、その土地を訪れたはずの昆虫や鳥など周囲の生態系への影響がデザインされていないことに、福田氏は違和感を投げかけた。


有機物・無機物間の栄養循環において果樹は重要な役割を果たす


生態系を蘇らせる協生農法を説明する福田氏


植物の野生性を目覚めさせる協生農法

そして話は、複雑な生態系の中で目覚める植物の野生性に及ぶ。協生農法で植物を育てると、植物本来の姿に出会い驚く瞬間があるそうだ。植物には、蓄積された養分を土壌から吸い出し代謝させる機能が本来備わっているが、近代農法ではこれを利用して土壌に水と肥料を大量投入するため、スーパーに並んだ野菜は”水ぶくれ”した状態といっても過言ではない。

植物の中には厳しい環境を生存する野生の力が眠っている。それを目覚めさせるのは、近代農法のように野菜を膨張化する栽培環境ではなく、複雑で多様な生命が蠢き合う環境の特徴の一つといえる。協生農法で野菜を育てると、見慣れない姿に驚き、力強い香りや味を感じる瞬間が訪れるだろう。植物本来の野生の姿に出会うことも、協生農法の楽しみのようだ。


協生農法で栽培された植物に触れる参加者の様子


50億年目の地球に存在する、生態系ネットワークの歴史

協生農法による植物と土地の変容について話し終えると、福田氏は植物が育つために必要な光、水、土、空気がどこからやってきたのかを、太陽系が誕生した50億年前に遡って語り始めた。1巻の本に1億年分の歴史が記述されるとするならば、太陽系の誕生から今日に至るまでを50巻の本に例えられるそうだ。最初の登場人物は、生まれたての太陽と周りに浮遊する石のかけらだった。


4巻目では、石のかけらが重力に引き寄せられ、地球の大きさの集合体が形成された


地球に陸地が形成されるのは10巻目から。そこから30巻にもわたって、地球は延々と陸地を作り続ける。枝豆を茹でた時にアクが出てあっちいったりこっちいったりするように、火山島が集合と離散を繰り返す30億年間だった。そして40巻目に、地球全体が氷に覆われた全球凍結の氷河期が訪れる。火山の噴火を機に全球凍結が終わり、大気中の酸素濃度の高まりによってオゾン層が形成され、地上に到達する紫外線量が激減。こうして生命体が陸上に進出したのが、地球における植物の起源となる。

なお、生命の上陸後も氷河期や噴火、隕石の衝突などを繰り返しては、大量絶滅を引き起こしてきたが、その度に数千万年をかけて地球は生態系を回復させてきた。ただし研究には諸説あり、研究結果は今後変化する可能性があると添えておく。


50億年の地球の歴史を踏まえ、身近な生態系について語る


50億年の地球の歴史は、複雑な生態系の歴史でもあった。福田氏は近代農法を次のように表現した。海と山の”あいだ”にある自然、つまり地球の生命が陸地に進出し苔や微生物などと共に複雑な生態系を形成した歴史を抜き去っているのが近代農法ではないかと。食糧を収穫した後の農地は生物のいない砂漠になる。生命の上陸以前の何もない土地が、生命の上陸によって森になるまでには数千万年の歳月を要したことを踏まえると、別の方法もあるのではないかと疑問を投げかけた。

『地球の歴史』50巻目の最後のページには、人類の誕生と農業の歴史が記される。50億年かけて地球が育んできた複雑な生態系が、人間の営みによって損なわれるのが現代ならば、人間が生態系を回復させる営みもあっていいはずだと感じたそうだ。協生農法の方法論は、生物が海から陸に上陸し、動植物が協動して陸地の表土の仕組みを作り上げた地球の生命の歴史に基づいている。これが、福田氏が協生農法を広める理由だ。

植物を食べることは、星屑を自分に取り込むこと

セッションの最後は、協生理論学習のための植物プランター”シネコプランター”を囲み、小さな地球として生態系を観察した。小学校で朝顔の観察日記を体験した人は多いが、一粒の種を鉢植えで育てる手法はまさに近代農法といえる。福田氏は新たな試みとして、生命の循環を体感してもらう、シネコプランターを使った子ども向けワークショップを紹介した。


シネコプランターで地球の歴史を説明する様子


「植物が育つのに何が必要か」と問いかけると土、水、光、空気と挙げてくれる子ども達に対し、これらは宇宙からやってきたという説明をするそうだ。いずれも50億年の地球の営みを通して形成された姿であり、一朝一夕では到底作り得ない特別感を感じてもらうことからシネコプランターの説明は始まる。

土には数種類あり、赤土、黒土、腐葉土と広げて見せた。地球の歴史を遡ると、元々赤土だけが存在していたところに腐葉土のような有機物が混入して黒土が生まれたそうだ。さらに赤土の起源を遡ると、石類が登場する。ここで、鉢植えの中に地球の地層を再現するかのように石類、赤土、黒土、腐葉土と順に重ねて置き、さらに苔、シダ植物、地衣類、菌類を乗せて最後に種を散らし、小さな地球を完成させた。

我々が植物を食べるのは、地球という惑星の一部を身体の養分にしていることだと福田氏は繰り返した。植物は地球の養分を吸って育ち、人はその植物を食べて育つ。そして死んだのち人は土に還るが、それは星に還ることであり、自分たち自身も地球という惑星の一部、星屑を借りて生きている存在なのだと話した。植物を食べる自分が、50億年の地球で脈々と続く生命の循環ネットワークの中にいることを想像させるワークショップであった。


渚で植物を刈る福田氏


人と生態系のあいだ“渚”で交わる生命の循環

人はどのように生態系と関わればよいか。この問いに対し、福田氏は、人と植物のあいだの空間を“渚(なぎさ)”と呼んで説明した。渚とは、協生農園の境界部分に位置し、人が立ち入って植物に介入してもいい空間だ。例えば、繁りすぎた植物や乾燥して白くなった葉など、自分たちにとって不要なものを刈っていい。ただし、刈った植物は渚エリアの土壌に還してあげることがルールである。生態系の循環を途切れさせないこと。実った野菜や果実を分けて頂くという姿勢。渚における生態系との関わりには、この二つが肝要である。

50億年目の地球に存在する生態系ネットワークと日々の営みの繋がりを、多くの人に想像してもらおうと、福田氏はシネコプランターを作る。生態系の壮大な歴史というと仰々しいが、小さな地球ともいえるシネコプランターを生態系ホットスポットとして増やしつつ、子ども達に星屑を体感してもらうワークショップを開催する。


協生農法で栽培された茶葉で淹れたハーブティーの香りに包まれながら、私たちが生きる地球や大地、そして生命循環のネットワークとしての生態系にゆったりと向き合い、対話を深めるひと時だった。セッション後は参加者が各々に立ち上がり、植物に向き合う時間が漂っていた。


シネコプランターを取り囲む参加者


編集後記:自然に包摂された生命として生きる

数十億年の生態系の歴史を、近代農業が一瞬のうちに破壊することの意味をどう捉えるべきか。福田氏の問いかけの根本はここにあるように感じた。

人の営みと自然の関係性を捉え直す機会は過去にもあった。例えば、高度経済成長期に発生した四大公害病。甚大な健康被害が生じたと同時に、生態系を回復させるには膨大な時間を要することが判明し、これを発端に数々の工業規制が生まれた。また漁業では、持続的な食糧確保を目的に、漁獲量が魚の再生量を超過しないよう総量規制が一部運用される。しかしいずれも、人が自然から恩恵を受け続けるための対症療法であり、抜本的な関係性の変化にはつながってこなかった。


本セッションのグラフィックレコーディング1 本セッションのグラフィックレコーディング2


もしかしたらスタート地点が違うのかもしれない。

福田氏は、生きていく中で失いたくない価値観の一つを“社会から切り離された価値観”と表現していた。そのために、毎


日火や水に触れるそうだ。千年前にも千年後にも通用する自然原理に触れることで、日常生活だけでは失われる人間らしさを取り戻そうと心がけているらしい。 人が意識的に自然に触れることは、本来つながっていたはずの自然と人との“あいだ”を取り戻そうとする行為なのかもしれない。そうした感覚を持って、地球の生態系とのつながりに想いを馳せてみるのも良い。例えば、遠


い海洋や生命体との循環媒体として水道水を辿ってみる。森林環境、洪水、水系感染症、河川沿いの住民、海流、砂漠化、都市の水没などが見えてくるかもしれない。

自然の生態系に包摂されているという視点で、自分の暮らしやあり方に違和感や心地よさを見つけたとき、それは地球と自分のあいだを漂う流れに身を任せていく旅の始まりになるかもしれない。


TEXT BY MOMOKO IMAMURA EDIT BY TASHIRO SHUHEI, YASUHIRO KOBAYASHI PHOTOS BY KEITA FURUSAWA & KANA HASEBE GRAPHIC RECORDING BY MOMOKO MATSUURA


東京在住のコミュニティデザイナー、キャリアコーチ、D2Cコミュニケーター。東京大学でアジア都市貧困世帯の感染症リスク評価研究を実施し、Urban Environment and Health in Asia Programと工学修士を修了。サステナブルな社会システム作りのために外資コンサル、スタートアップを経て、フリーコンサルへ。現在は分断の深まる社会をつなげる組織デザイン、コミュニケーションデザインを中心にサステナブル、プライバシー、社会人教育の領域で様々なプロジェクトに携わる。Climate Crisis Leadership, システムシンキング, NVCをかけあわせ、サステナブルカルチャーを浸透させることがライフワーク。




**以前の協生農法に関するイベントレポートはこちらから***


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