自然と呼応する喜びが教えてくれた エコロジカルに気づかうこととは 〜Journey of Regenerationの記憶<後編① 井上美香さんの旅路>〜


リジェネレーション(再生)をテーマに、生命の摂理に根ざした個人やビジネスのあり方を探索・実践していく14週間のオンラインジャーニー『Journey of Regeneration(以下、JoR)』の旅が幕を閉じた。国内外から約70人ほどの旅の仲間が集い、一人ひとりが本来持っている生命的・身体的感覚をひらき、人が人間の世界だけに閉じずに地球や他の生命と共に持続的に繁栄していくためのあり方を多角的な視点から向き合った。

このオンラインプログラムは、各領域の先駆者・実践者と共に知恵を深めていく「ラーニングセッション」と、一人ひとりが本来持っている生命的・身体的感覚をひらき、対話を通して気づきや学びを深める「センシングセッション」が螺旋を描くように構成されている。

ラーニングとセンシングの螺旋構造を通じて7つのテーマと向き合う


自然の叡智から学ぶこと、身体感覚に耳を澄ませることを行ったり来たりしながら、旅の仲間たちは7つのテーマと向き合った。その様子は、Journey of Regenerationの記憶<前編>として、旅路の声を綴っている。彼らはどのような風景と出逢い、新たな発見や喜び、そして変化が立ち現れてきたのか。彼らの人生を紐解きながら、その旅の軌跡に迫ってみたい。


正解はわからない 未来は自分で描いていくもの

〜井上美香さんの旅の軌跡〜


外資系の化粧品会社で、化粧品の研究開発に携わってきた井上美香(以下、井上さん)さんは、2016年に日本企業の化粧品会社へ転職。情報イノベーションを起点に、化粧品のコンセプト設計や技術知財の部門を統括し、2020年には執行役員へ就任。「美」と丁寧に向き合い、内から美しさを引き出し、外から美しさを彩ることで、女性が輝く社会の実現に向けて力を注いできた。


転職から2年が経った頃、新たに研究所の風土改革を任された。社内のグローバル化が進み、公用語が英語へととって代わり、外資系の人材が増えていく中で、研究所もまた、変革の波を逃れられないでいた。



「風土改革を願う声を受けて着任しましたが、いざはじめてみると歴史のある会社のカルチャーを変えることは並大抵のことではないということを味わいました。皆さんそれぞれに変わらなくてはいけないことはわかっていても、自分のやり方を捨てられない。変わるのが「怖い」という感覚をヒシヒシと感じましたね


社員の話を聞いていて興味深かったのは、変わらなければいけない対象がすべて自分以外の部門やしくみで、自分が変わらなければいけないという人は一人もいなかったことです。


彼らはいつも正解を求めていて、何をすべきなのか、どんな未来をつくるべきのかを知りたがっていました。けれどそれは、私にもわからない。自分が変わらなければいけないのだ、何をすべきか、どんな未来をつくりたいかは自分で描かなければいけないのだと伝えることは、想像以上に難しいことでした。」



「これ以上何をすれば良いのか分からない。」そんな無力感を感じていた頃、JoRの旅のお知らせを目にする。社会では新型コロナウイルスが蔓延しはじめ、それに伴う自粛、仕事環境の変化が起こり、社会が不安に覆われつつあった。


「ワクワクしたい。仕事以外の世界を持ちたい。」何かに誘われるように井上さんは旅立つことを決めた。




真の発見の旅がはじまる


井上さんには心に焼きついて忘れられないセッションがある。

それは、九州大学、稲村徳州助教による『再生に向けたデザイン −ポスト人間中心とバイオミミクリ−』をテーマにしたラーニングセッション(*1)だ。このセッションでは、自然の叡智から学ぶバイオミメティクス(生物模倣技術)を起点に、再生に向けたリジェネラティブ・デザインを探索する。


この中で取り上げられたメディテーティブアイディエーションは、バイオミメティクスを外側から観察して模倣する視点から、自分の内側に視点を移し、自分の内にある生命性と繋ぎ合わせていくことで、そこから立ち現れたイマジネーションをアイデアとして社会にアプローチしていく稲村さんが開発した新たなデザインメソッド。このメディテーティブアイディエーションによって、井上さんは自身の世界が大きく変わる体験をすることになる。



「私は実家の近くにあるケヤキをイメージしながら、イマジネーションを膨らませました。稲村先生から、ポツリポツリと投げかけられる質問に導かれて深めていくと、私は小人になってケヤキの枝に腰かけ、夜空に輝く星や月を眺めていました


ケヤキの枝や葉は、暗闇の中でその輪郭を揺らし、すき間から覗く夜空が、綺麗な深いブルーに染まり星が輝いている。そうしているうちに、どんどん空が白み始め、辺りが明るい光に包まれていく。鳥のさえずりが聴こえ、青かった空がうっすらと淡いピンク色に染まっていく朝日の訪れに「何て美しい光景だろう」と、イマジネーションから現れた情景に心が震えました


そう思った直後、私はこれまで大切なことを見落としていたことに、気がづいたんです。


それは、来る日も来る日もみてきたケヤキに、訪れていたであろう朝日を私はみたことがなかったこと。そしてそれは、私自身にも同じような景色があるのではないかと気づいた瞬間、鳥肌がたちました。これは自分だけではなく、他人にも同じように隠れていて、これまで気づいていなかっただけ、みようとしていなかっただけなのかもしれないとわかった時、鳥肌が立つような余韻がしばらく止みませんでした。」


美しい景色はすぐそばに隠れていることをケヤキが教えてくれた



ケヤキは何十年も変わらずそこにあり、言わば見飽きていたはずの存在が、ケヤキになって世界を眺め始めた途端、みたこともない景色を教えてくれた。



「真の発見の旅とは、新たな景色を求めることではなく、新たな目で世界を見ることだ」

小説家マルセル・プルースト


井上さんの真の発見の旅が始まった瞬間だった。

これまでの体験を職場でも試してみようと、井上さんは感じたことをただ語り合う対話の場を設けた



「直属の部下3人に、最近感じていることを語り合おうと呼びかけました。『嫌ならやめるから』と前置きをしながら。実際にやってみたら「すごく良かった」「なんか癒された」って喜ばれて。思えば部下とこういう時間をもてたのはすごく久しぶりだった気がします。


対話を重ねると話している人の表情が輝いてきて、話しながら忘れていた自分に気づいたっていうんです。現在は、それぞれが歩んできた人生曲線について語り合っています。次回は私の人生曲線を話す予定です。」




気づきはいつしか 気づかうことへ


JoRの旅が後半になるにつれ、ラーニングセッションのテーマも自然のリズムを感じることで身体感覚を開いていくプログラムから、感じたことを社会実装するための具体的なアプローチへとシフトしていく。


前半の余韻も冷めやらぬまま、後半のプログラムでもまた、井上さんはこれまでの価値観が一気に崩れ落ちる体験をする。



「新井さんのセッション(*2)では、まるで頭を叩かれたような衝撃を受けました。


『煽らないと買ってもらえない現代社会』『日本の幸福度が低い』という指摘一つ一つに納得して、『幸せになることが目的であってお金のためじゃない』という言葉が心に刺さりました。何より『できるかどうかなんてわからないけどやりたいからやるんです』ってキラキラした表情で新井さんに言われた時には、これまでの自分の価値観が一気に崩れ落ちて、その純粋な心からの叫びに打ち砕かれました。私もそんなふうになりたいと羨ましく感じました。」



このセッションから数日後、とある会合で化粧品業界の未来のビジョンについて発表することになっていた井上さんは、心の叫びをありのままにぶつけていた新井さんのように、自分の心からのメッセージをありのままに伝えようと決めた。



『できるかわからないけどやりたいんです』って言えばいいんだと吹っ切れました。いつか新井さんにお会いしてお礼を伝えたいくらい、あの時、新井さんからものすごいエネルギーを受け取ったんです。


当日はそのエネルギーがそのまま私に宿っていたので、まるで新井さんが乗り移ったかのように、『女性が輝いて生き生きと働ける世界をつくりたいんです』と訴えました。会場にいる人たちの空気が変わったのを感じましたね。なんとなく皆さんの心に沁みているようでした。」



「そこから、未来に向けて私が本当にやりたいことはなんだろうと問いかけてみると、自分の活動ステージを変えるときなのではないかという悶々とした想いが出てきました。

色んな偶然も重なり、結果的に年内で退職することになりました。そういう流れが来たと感じています。」



見た目にはわからない微細な変化が連なって季節も移ろいゆく



変化の流れは見え隠れしながら、少しずつその訪れを告げていた。


センシングセッションで近くの神社を訪れていた井上さんは、ある時ふと、季節が変わっていることに気がついた。見た目にはわからないあいまいな違和感は、五感を通じて語りかけてくる。「人はカレンダーがなくても季節の変化がわかる」と話していた斎藤はるかさんのセッション(*3)での言葉を思い出す。


そして夏が終わりに差し掛かった頃、激しい雷雨が井上さんに夏の終わりを知らせる。

「夏の終わりだ。」自然と呼応している実感に、深いところから喜びがこみ上げてきた。気がつくと、些細なことで腹を立てたり、不安を感じるような自分がいなくなっていた。



「あなたを気づかうこと=他の存在を気づかうこと=エコロジカルに気づかうことの始まり」

『複数性のエコロジー』篠原雅武 著


エコロジカルに気づかうことの始まりは特別なものではなく、日々の暮らしの中に溢れている。

自分の身体感覚に耳を澄ませること、他の生命の営みを想像してみること、誰かの心からのメッセージを受け取ること、自分の心からのメッセージを受け入れてあげること。そのような一つ一つの気づきが、他の存在への慈しみに包まれた気づかいに変わる時、それは自分自身への気づかいとなって、生命全体への気づかいにつながっていることを、自然と呼応する喜びが静かに教えてくれた。



「私はこの数年、人と関わる中で、その人が変化を起こしていく姿にやりがいや生きがいを感じてきました。JoRに参加されている方も、色んなことに気がついてしまう人だけに、生きづらさを抱えている人が多いように感じます。


私も若かりし頃、色んな人に支えてもらいました。今、その恩を返す時がきたようです。誰かを幸せにすることは、自分を幸せにすることにつながっている。自分が体験してきたからこそ、そういう人の力になりたいと思っています。」



井上 美香さん(Mika Inoue)


<プロフィール>

25年以上にわたる化粧品の技術革新特にスキンケア製品開発の経験を経て、2016年資生堂入社。

2018年より資生堂グローバルイノベーションセンター副センター長として、資生堂全ブランドの製品開発におけるシーズ戦略開発および技術情報開発のマネジメントを行う。

2020年1月 執行役員就任

2020年末 退任予定






次回は、中楯知宏さんの旅の軌跡をお届けします。Journey of Regenerationの記憶<後編 2/2>

*1 稲村 徳州さん(九州大学 芸術工学研究院 デザインストラテジー部門 助教)による「再生に向けたデザインポスト人間中心とバイオミミクリをテーマにしたラーニングセッション







*2 新井 和宏さん(株式会社eumo 代表取締役 / ソーシャルベンチャー活動支援者会議(SVC)会長)による「エコロジーとお金の循環」をテーマにしたラーニングセッション







*3 斎藤 はるかさん( はる農園 / LGBT百姓)による「自然のリズムと内蔵感覚」をテーマにしたラーニングセッション








Graphic Recording by ヤマダマナミ



Edit by Yasuhiro Kobayashi

Text by Nozomi Suzuki

執筆|鈴木 望美(すずき のぞみ)

Ecological Memes Co-director / Art Unit sense of. 共同発起人

多摩美術大学 空間デザイン修了。地方公務員を経て、産官学連携を軸に公共空間を活用したアートプロデュースなどを手掛ける文化財団に参画。メディア芸術祭との連携事業や若手作家交流会企画を担当。その後、領域を横断し社会価値を共創するコミュニティスペースでPR・運営に携わる。現在はEcological MemesのArt Unitで言語では表し切れない領域を表現者の澄んだ眼差しや繊細な好奇心による表現を通じて、世界を知覚していく活動を行う。

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